第11章 偽り
光秀は黒陽の城の部屋から、上弦の月を眺めていた。
さえりは元気だろうか。泣いていないか、怒っていないか。もしかしたら苛められなくなって、清々しているかもな。
それでいい、俺に関わるとろくな事にならない。お前はお前の道を行け。
お前がどこかで笑っていてくれるなら、それで充分だ。
月にさえりの表情を重ね合わせ、そんな事を考える。
「光秀様、安土より客人が到着されました。家康様です」
家臣の言葉に現実へと戻された光秀は思考を切り替え、読めない笑みを浮かべる。
「わかった。すぐ行く」
家康が来たか、まあそうだろうな
袖に何かを忍ばせ、広間へと向かった。広間へ入ってすぐ、光秀は密かに眉を寄せた。
今、一番会いたくて、一番会いたくない人の姿がそこにあった。
さえり……? 何故お前が此処にいる?
さえりが身を包む豪華な着物を見て、すぐに織田家ゆかりの姫として来ていることは理解した。全くあのお方は何を何処まで知っているのやら。
「これはこれは、徳川家康殿にさえり姫様。よくお越しくださいました」
光秀は慇懃に礼をする。さえりの表情が一瞬泣きそうに揺れた気がするが、見ない振りをする。
「黒陽殿、こちらが織田家ゆかりの、さえり姫と……」
光秀は黒陽に紹介するが、信長が来なかったからだろう黒陽は明らかに不満顔だ。
光秀は黒陽に耳打ちした。
「戦力は少しずつ削げば良いのです。姫は交渉材料に使えますよ」
黒陽の顔はみるみる上機嫌になり、二人をもてなし始めた。すぐに宴席が設けられる。
「それにしてもさえり姫はお美しい」
「お、恐れ入ります」
さえりは引きぎみにお礼を述べる。黒陽の行動を不快に思いながらも、光秀は家康に近づいた。
「お酒を注ぎましょう」
杯に酒を注ぎながら、光秀は袖からそっと袖に隠していたものを取りだし周りに見えないように家康へ手渡した。
「光秀さん、これ……。これじゃあんたも」
渡された物をチラリと見た家康は驚き、小声で話す。
「大丈夫だ」
ニヤリと笑う光秀を見て、何か考えがあるのだと察した家康は黙ってそれを袖に隠した。