第10章 アザレアのひととき
どうして、デートなんて言うのだろう。
口説かれるって、どういうものなのだろう。
凡そこれまで経験してきたそれらが、全てと言っていいほどまでに私の身体…ないしは人魚の血肉目的であったものあって、そういった言葉に愛情を込められたことなどほとんど初めてのことであった。
唯一恋慕していたと言えなくもない相手に限って、毎度毎度、別の女の子の婚約者になって放浪して、私を置いていっての繰り返しであるし。
純粋な好意からそんな誘いを受けたのは、ほぼ初めての経験に等しかったのだ。
「どれくらい食べれる?」
『…?私?』
「お前に作ってんだけど」
『そんなこと一言も…』
「……最近ろくな飯食べれてなかっただろ?栄養考えて色々作ってるからちゃんと食うぞ、俺も食べるから」
まんまと、朝食を作っていただいていたことにも気付かないまま彼に引っ付いていたらしい。
傍から見たらただの阿呆である、上司に…しかもこの中也さんにご飯を作ってもらうなんて。
『ご、ごめんなさい、てっきり中也さんがお腹すいてるのかと思ってあの…っ、ご、ごめ「なんで謝ってんの?」だ、だから…手煩わせて、あの…』
「俺がお前に食べて欲しくて勝手に作ったんだ、謝られる筋合いはねえよ」
『…なんで、私にご飯作ってくれるの?』
「なんでって、一緒に食べるだろ?」
『わ、私にわざわざご飯作るなんかおかしいじゃない…変じゃ、ない。そんなこと、言う人…』
今世で、ほんの少しの間、私と共に過ごしてくれた青年のことを思い出した。
いい子にしていればころっと落とせる、なんて私に入れ知恵をしてくれたあの人を。
__君に優しくしたいと思うのは、何もこれから先僕だけってわけじゃないだろうからね。ご飯が食べたいなら、作ってってお願いしてみたらいいのだよ__
__お願いしたら、僕なんかなら喜んでいくらでも作ってあげちゃうから__
ホームシックなんてものを経験したのは、これがきっと初めてだった。
そうか、私はあの人に育てられていたんだ…育てられたかったんだ。
一緒にいて、家族でいてほしかったんだ。
そうだって言ってほしかったんだ。
『ご、め…っ…デート、できない…っ、ごめんなさぃ…!』
「え…あっ、おい!!?」
一緒にいてって言ったら、怒られるかな。
またご飯作ってって言ったら、嫌に思われるかな。
…会いたいよ。
