第10章 虚威
いつも通り収録を終え廊下を歩く。
懐かしい声に足を止めた。
顔を上げれば、憧れてたあの人と見たく無いあの人。
イヤでも聞き耳を立ててしまう自分にイライラする。
「最近連絡くれないから、会いに来ちゃった。」
「ね?今夜うち来ない?」
躊躇うことなく、肩を抱いて顔を近づける姿に目を背けてしまう。
逃げる?
目を伏せれば私の中の闇が濃度を上げる。
どうして?
何でいつもあの人ばっかり。
鼻の奥にツンと痛みを覚えた。
また泣く?
目を背けるのには、もう飽きたでしょ?
頭の中に声が響く。
言ってみたら?
我慢したって、いつも救われないじゃない。
一度瞼を閉じて、大きく深呼吸をする。
瞼を開けると景色が変わった気がした…。
「入野さんと月島さんって、そう言う関係なんですかぁ?」
何て思われたって構わない。
私が手に入れられないモノを次々と手にする人…
もう耐えられない。
私を見て月島さんの表情が変わった。
「盗み聞きするなんて、良い性格してるね。」
入野さんは、ナイトみたいに私の前に立ちはだかる。
月島さんがヒロイン。私は…?
それでも構わない。
貴方は、今私を見ているんだもの。
「え~?公共の場で、そんなことしてるのが悪いんじゃないですか。」
何て言われても構わない。
「キミみたいに、薄っぺらいコ俺嫌いなのね?」
「馴れ馴れしく話し掛けないでくれるかな。」
そんなに睨んでも全然怖くないの。
だって。
入野さんは、この人の前では本気で怒らないでしょう?
それくらい知ってます。
ずっと貴方を見ていたから。
「キミしつこいね。」
「あやめちゃんに、話し掛けないでくれるかな?」
声のトーンが落ちた。
そうそろそろ引き下がった方が良い?
「入野さん怖ーい。」
「これ以上怒られたくないし、もう退散しますね。」
「あ。そうそう。一つだけ言わせて下さい。」
「岡本さんに手出さないでくださいね?『先輩』?」
口元に手を当てて、クスクス笑ってみせる。
ただの強がり。
二人にはバレてない?
歩きながら自分の掌を見つめれば、震えている。
こんなことしたって、意味ないことくらい分かってる。
これ以上、私から何も取らないで。
私には貴女と違って、もう何も無いの…。