第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
下の気配が少し変わるのを感じ
白粉はピクリと片耳を動かした
(鈴から湖の姿に変わったか…佐助の声がかからなければ、もっと問い正されていただろうな。おまけとばかりに兼続のことまで……私はわかりやすいのか?)
「ちょ、ちょっと待って…っ羽織をっ」
「かかさまー」
下から佐助の慌てた声と、湖の白粉を呼ぶ声が聞こえる
『まったく…』
下を覗けば、佐助がかぶせたであろう羽織に袖を通しながらも、白粉の顔を見て手を振る湖の姿が見える
そして…
「湖っ、湖様!!もしや、本日は佐助殿の…っ!?」
「兼続さん、違います。今、会ったところであって、ここで起きたわけではありません」
即否定する佐助と、慌てふためく兼続
今日も、朝から探し回ったんだろう様子が伺える
「おはよ、兼続。うん。湖、今日早起きだったのよ」
クスクスと笑う湖に、疲れたような兼続の背中
「かかさまー。はやく、降りてきてよー」
『朝餉まで此処にいる。少し休む』
「あ、白粉殿。そこにいらっしゃられたのですね。おはようございます…いかがされましたか?表情が優れませぬね…体調を崩されましたか?」
兼続が上を見上げれば、猫の白粉と目が合う
特に表情を変えた覚えはない
むしろ気をつけているはずなのに、兼続にそう言われ『湖に起こされ、眠いだけだ』とふいっと顔を引っ込める白粉
(…駄目だ…私は、本当にわかりやすいのか…?)
無表情だと思い込んでいた白粉
確かに彼女の表情は豊かではない
それに、考えが顔に出る方でもない
大抵の人ならば、白粉の表情は読めない
ましてや猫の場合など解るわけがないのだ
湖、兼続、信玄を覗いては
このわずかな間に、信玄への嫉妬、自分の欲、湖の自分への愛情、自分の考えを読まれるという畏怖
白粉は一気に舞い込んだこれらをどう処理するか
少しで良いから一人で考えたいのだ
下から見えなくなった白粉の姿
だが、気配は感じられ兼続は声をかけた
「かしこまりました。朝餉の用意が出来ましたら、お声がけ致します。それまで、ゆるりとお休みください」
そう柔らかな声が屋根に向かってかけられた
少し暑くなりそうな日差し
季節は夏
木々が青々と茂っていた