第4章 夏祭り ※
夜が明ければ、遊女は家路へ着く客を見送る。
それは高尾太夫も例外ではない。
情事のあとの気だるさを残しながら、朝焼けの中にエルヴィンを見送る。
すると、遊郭の門の裏から突然、痩せた若造が飛び出してきた。
「ハヅキ花魁!」
白粉は崩れ、紅も落ちていたが、その美しさは変わらない。
そんなハヅキに会うため、一晩中ここに隠れていた若造は銭の入った袋を差し出してきた。
「俺は貴女様を一目見たくて私財を投げ打ってきました」
「・・・・・・・・・・・・・・」
男衆が追い払おうとしたのを制止し、ハヅキは懇願する若造を静かに見据える。
「貴女様の揚代を出す金はありません。ですがどうか・・・どうか、天賦の才に溢れる貴女様の芸を、この目に焼き付けてぇ」
見れば、その若造の顔には黄疸が出ていた。
もう先の長くない身なのだろう。
今生の最期に、願いを叶いたくてここまで来たのか。
しかし、握りしめている銭は、ハヅキの揚代には遠く及ばない。
男衆に門前払いされても仕方が無いだろう。
金のことに関しては、自分に一切の権限は無かった。
花魁だというのに、この憐れな男の夢すら叶えることができないのか・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
言葉を交わすことも許されず、悔しそうにハヅキが唇を噛んだ時だった。
それまで黙ってエルヴィンの後ろにいた黒髪が口を開く。
「おい・・・これを使え」
ハヅキはその時、初めてこの黒髪の異人が日本語を話すのを聞いた。
エルヴィンとしか会話する姿を見たことが無かったし、その時も母国の言葉を使っていた。
若造に至っては、おそらく初めて異人を見るのだろう。
まるで鬼でも見るかのように怯えている。
しかし、黒髪はお構いなしに近づくと、若造の手に1両を置いた。
「これだけあれば、今からでも少しは時間を買える。受け取れ」
少しどころか、じゅうぶんな金だ。
これだけの額を懐に忍ばせておくとは、ただの付き人ではないのか。
「旦那様・・・ようおすか?」
「ああ。あの青年に夢を見させてやりなさい」
エルヴィンも微笑みながら頷く。
すると、若造は濁りつつある瞳に涙を浮かべた。